乳癌の手術に関する基礎知識2
前回のお話では、乳癌を切除した時点で既に転移してしまっている乳癌が、その後転移・再発してくる、ということをご説明しました。そこまでご理解頂いたうえで、これからの手術の話をお読み下さい。
乳癌の手術には大きく分けて、
1.乳房をすべて切除する、乳房全切除術:total mastectomy あるいは乳房全摘術(全摘出術)
2.乳房の一部を切除する、乳房部分切除術:partial mastectomy 乳房温存手術ともいいます。
があります。
一つの仮想例として、乳房温存手術をした患者さんが、術後5年後に肺に転移病巣が見つかったとします。
この患者さんの乳癌病巣は、手術をする前に既に肺に僅かな転移(微小転移)を起こしており、5年かけて検査で分かる程度に大きくなった、と考えられます。
それでは、この患者さんに全摘術をしていたら、結果は改善したでしょうか?
既に肺などの遠隔臓器に微小転移を起こしてしまった乳癌に対して、乳房をすべて取り去っても、結果は同じであることは明白です。すなわち、極端な話、乳癌のしこりだけを切除しても、病巣が取り切れていれば、全摘した時と同じ治癒率が得られるのです。まだ転移していない癌は手術だけで治り、転移してしまった乳癌は、病巣のある乳房をどれだけ広く取っても(すなわち全摘しても)手術だけで治すのは困難なのです。もちろん転移をしたばかりの極めて小さな病巣は、どんな検査をしても見つけることは出来ません。
私自身、2021年1月まで乳癌の手術を普通に行っていましたが、手術前の説明の際に、「再発が心配なので、全部とってください」とおっしゃる方も珍しくありませんでした。その際に上記のような説明をすると、変わりないのなら、と多くの方が温存を選んでいました。
しかし、温存手術をした場合には、癌病巣が取り切れている必要があり、もし残っていればのちに局所再発を起こすことになります。
温存手術を積極的に行い難い要因として、この局所再発があると思われます。
局所再発は、温存手術で癌が取り切れなかったことと同様、外科医にとっては自分の手術技術を問われかねない避けたいことです。したがって癌が取り切れるか不安があれば、当然全摘をお勧めすることになります。
局所再発を起こした方に対しては、全摘などの再手術で対応します。温存手術が始まったころに出た論文の中には、局所再発した患者さんの予後が悪いことを示すものもありました。しかし、局所再発乳癌の病理検査の結果では、悪性度が高い乳がんが多く、このことから、局所再発をしやすい乳がんは転移も起こしやすい乳癌でもある、と考えれば、分かりやすいと思いますし、外科医の「腕」のせいばかりではないことが理解できると思います。